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浦和地方裁判所川越支部 昭和63年(ワ)510号 判決

原告(反訴被告)

山雄建設株式会社

右代表者代表取締役

成川明子

右訴訟代理人弁護士

金子和義

被告(反訴原告)

梅澤了

島村建

島村美智子

尾櫃玉枝

石渡敏明

右五名訴訟代理人弁護士

田中重仁

島田浩孝

主文

一  原告(反訴被告)の被告(反訴原告)らに対する本訴請求並びに被告(反訴原告)らの原告(反訴被告)に対する反訴請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用中、本訴費用は原告(反訴被告)の、反訴費用は被告(反訴原告)らの各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(本訴について)

一  原告(反訴被告、以下、原告という)の請求の趣旨

1 被告(反訴原告、以下、被告という)らは原告に対し、各自金八〇二万五二〇四円及びこれに対する昭和六三年一一月九日(ただし、被告石渡敏明は同月一〇日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告島村建及び同島村美智子は原告に対し、(1)同被告ら宅のブロック塀に取り付けている縦0.9メートル、横五メートルの「山雄建設(本社・東松山市)よ陳情でなぜ損害賠償か第一住宅自治会 環境を守る会」との記載の垂幕一枚及び四階建反対に関する看板等の掲示物一切、(2)同宅玄関向かって左脇ガレージ扉に取り付けている四階建反対に関する看板等の掲示物一切を撤去せよ。

3 被告尾櫃玉枝は原告に対し、同被告の父大杉隆次宅の(1)生垣に取り付けている縦0.9メートル、横五メートルの「山雄建設(本社・東松山市)よ 横断幕かかげてなぜ裁判か 第一住宅自治会 環境を守る会」との記載の垂幕一枚、(2)玄関脇の両サイドに取り付けている四階建反対に関する看板等の掲示物一切、(3)玄関両脇の生垣の上に立てている四階建反対に関する看板等の掲示物一切、(4)玄関向かって右角の生垣の上に立てている四階建反対に関する看板等の掲示物一切を撤去せよ。

4 被告石渡敏明は原告に対し、(1)同被告宅のブロック塀に取り付けている縦0.9メートル、横五メートルの「山雄建設(本社・東松山市)よ 陳情でなぜ損害賠償か 第一住宅自治会環境を守る会」との記載の垂幕一枚及び四階建反対に関する看板等の掲示物一切を撤去せよ。

5 被告らは原告に対し、左記のとおり謝罪広告を第一住宅坂戸団地自治会発行の「自治会だより」の紙面第一面に縦一二センチメートル、横二〇センチメートルに亘って、見出し部分及び被告らの氏名は三号活字、本文は三号扁平活字でもって印刷して一回掲載せよ。

私共は、山雄建設株式会社の四階建ビル建設の反対運動につき、山雄建設株式会社が悪徳業者であるかの様な印象を与えかねない内容の「山雄建設は第一住宅から出て行け」「山雄建設は謝罪せよ」等の文句の横断幕や立看板等を掲示し、更に「山雄建設もそうした無秩序開発を狙うものの一人だ」と書いたビラを配付致しましたが、右横断幕、看板等を掲示しビラを配付したことにより、山雄建設株式会社の名誉を著しく毀損し多大のご迷惑をおかけ致しました。

よって、ここに深くお詫び申し上げます。

梅澤了

石渡敏明

島村建

島村美智子

尾櫃玉枝

6 訴訟費用は被告らの負担とする。

7 第1ないし4項について仮執行の宣言。

二  被告らの答弁

1 原告の被告らに対する本訴請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴について)

三 被告らの請求の趣旨

1  原告は被告五名に対し、それぞれ金一二〇万円及び内金一〇〇万円に対する平成元年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  反訴費用は原告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

四 原告の答弁

1  被告らの原告に対する反訴請求をいずれも棄却する。

2  反訴費用は被告らの負担とする。

第二  当事者の主張

(本訴について)

一  原告の請求原因

1 原告は、昭和五三年二月一日に土地建物の賃貸、土木建築工事の設計・施工及び請負等を目的として設立された株式会社であり、同五七年三月五日に坂戸市薬師町一七番一八号に支店を設置した。原告は昭和六二年七月一三日に右支店から約四〇〇メートル離れた場所に位置する同市清水町一三六二番六七宅地206.55平方メートル(以下、本件土地という)を前所有者若井伸之から買い受けてその所有権を取得した。

2 原告は右土地上に次のとおりの規模の鉄骨造四階建店舗付共同住宅一棟(以下、本件建物という)の建築計画を立てたが、右建物は住居地域における高さが一〇メートルを超える建築物であるために、埼玉県中高層建築物の建築に係る指導等に関する要綱(以下、要綱という)に従って、昭和六三年四月六日標識を設置したのち、建築事業報告書を坂戸市を経由して埼玉県飯能土木事務所に提出し、同年八月一六日本件建物の建築確認申請を同様の方法で同土木事務所に提出し、同年九月三〇日同市建築主事は右建物の建築確認をした。原告は同年一〇月八日地鎮祭をした後、同月二〇日原告が右建物建築工事を注文した坂戸市内の建築業者協和建設工事株式会社が、右建築工事を着工した。

高さ 最高一四メートル

建蔽率 51.80パーセント

容積率 199.73パーセント

延面積 412.55平方メートル

向き 北東

部屋数 八室

3 本件土地は、東武東上線北坂戸駅から東方向に約九〇〇メートルの場所に位置し、その北側が幅員一六メートルの県道北坂戸名細線に面する住居地域に存在し、建蔽率六〇パーセント(本件土地は角地なので七〇パーセント)、容積率二〇〇パーセントである。本件土地の西方約一五メートル先には鉄骨造三階建の建物、約三〇メートル先には七階建のマンション、約三〇〇メートル先には鉄筋三階建の忠実屋スーパー店等があり、県道の北側の近隣地にはステーキ宮(レストラン)及びその駐車場があり、その隣接地は山林となっている。

4 本件土地付近は、前記県道の整備及び忠実屋の進出等により市街化が急速に進展して、地価が著しく高騰し既に七階建等の建物もあり、商業地域化する可能性があり、低層建物では採算がとれず、原告が四階建の賃貸建物を建築してこれを有効に収益することは、適正、かつ、合理的な不動産の利用方法である。

5 被告梅澤は本件土地から東方に約二〇〇メートル離れた第一種住居専用地域内に住家を所有する現職の坂戸市会議員であり、被告島村建及び同島村美智子夫婦は本件土地の南側の幅員約五メートルの道路を隔てた右土地から約八メートル真南の土地上に住家を所有する隣地居住者であり、被告尾櫃は本件土地から東方に約二〇メートル離れた県道に面する南側土地上に建築されている同被告の父大杉隆次方に居住する者であり、被告石渡は本件土地から東方に約一〇〇メートル離れた県道に面する北側の土地上に住家を所有する者であり、これらの土地はいずれも住居地域内に存在する。

6 原告は川越市内に設計事務所を有する一級建築士佐藤吾郎に依頼して、本件建物の建築設計をなし、右建物は建築基準法上適法な建築物であり、右建物の建築により近隣の被告島村夫婦宅及び同尾櫃居住の大杉宅にはなんら日照及び通風の障害は生じていない。

7 しかるに、被告らは原告の本件建物の建築計画を聞知するや、住居地域やその南端に隣接する第一種住居専用地域内に居住する住民に働きかけて、一部の反対住民と共に第一住宅坂戸団地自治会(以下、自治会という)会長林保次郎の名義を藉りて原告に対して、本件建物の建築計画の撤回を要求し交渉を申し入れて来た。そこで、原告は被告らを含む反対住民と八回に亘る会談をして、建築計画の内容等について詳細な説明をしたが、被告らを含む住民は成立の見込みもない建築協定を盾に、四階建の建物の建築反対を強硬に主張するだけで折合が全くつかず、その席上住民から「四階建ができないように市長や建築課にお願いしてある。テナントは商売にならないであろう。」「山雄建設の副社長(取締役成川実)は東松山市の市会議員だから、東松山市役所に皆で押し掛けて行き抗議する。」「山雄建設は東松山市で仕事をしろ、第一住宅から出て行け。」などという乱暴な発言も飛び出す有様であった。原告としては、これらの会談の中で、本件建物建築の反対に正当な理由があり、第一住宅全域の土地所有者全員の同意を得た建築協定の成立が近い時期に確実に見込まれるのならば、本件建物の建築計画を再検討する用意があるとの妥協的な姿勢を見せたところ、自治会は建築協定の成立が見込まれないために、昭和六三年一〇月一六日の運営委員会で反対運動の継続を断念して、自治会としてはその運動から退いた。ところが、被告梅澤は、他の被告らと共謀して、被告梅澤を代表者とする「第一住宅の環境を守る会」を結成して反対運動を継続して行くことを第一住宅内の住民に呼び掛けたが、その大半は関心を示さなかったので、主として被告らだけで現在まで反対運動を継続している。

8 被告らは、その過程において原告に対して次のとおりの建築妨害行為をした。

(1) 同年八月坂戸市役所に陳情して、成立の見込もない建築協定を理由に本件建物について建築確認をしないように働きかけ、同市長をして本件土地があたかも同協定が成立しうる地域内に存在するとの意見書を原告作成の建築事業報告書に添付して埼玉県に送付させたうえ、同県飯能土木事務所に建築反対を陳情した。

(2) 本件建物の借受希望者や通行人が容易に見知できる道路に面して、同年八月二日を皮切りにして次のとおり垂幕を掲げたり、「四階建反対」「山雄建設の不当訴訟反対、即時取り下げよ」等の文言を記載した看板を後記の被告ら宅の玄関付近に立て掛けた。

① 第一回目 被告島村夫婦宅及び被告石渡宅の各ブロック塀、大杉隆次宅の生垣等に、第一住宅自治会・建築協定準備委員会の名入りで「山雄建設は第一住宅から出て行け」

② 第二回目 前記①と同じ場所に「山雄建設は四階建共同住宅建設を即時中止せよ」

③ 第三回目 被告島村夫婦宅及び被告石渡宅の各ブロック塀に「ごく普通の陳情・看板で山雄建設は住民を裁判に 第一住宅自治会・環境を守る会」、大杉宅の生垣及び品田順士宅のブロック塀に「住民を訴えての四階建強行 山雄建設は謝罪せよ 環境を守る会」

④ 第四回目 請求の趣旨第2ないし4項の垂幕及び立看板等の掲示物

(3) その外に、第一住宅自治会、建築協定準備委員会、環境を守る会名義で四階建の建物建築に反対するビラを住民に配付し、そのビラの中には「山雄建設もそうした無秩序開発を狙うものの一人だ」という内容のものもあった。

9 右の被告らの共同不法行為の結果、原告の本件建物の建築確認申請用図書の作成の着手、建築主事の建築確認通知、建築工事の着工が全体で九四日間遅れたために、原告は次のとおり損害を被った。

(1) 借入金の利息増加分

一二一万九九四五円

原告は、本件土地の購入及び本件建物の建築資金として小川信用金庫から九五〇〇万円を借り受けたが、年利五分の割合による前記の遅延期間九四日分の利息(昭和六三年は閏年なので一年を三六六日として日歩計算、以下同じ)を余分に支出し、標記の損害を被った。

(2) 遅延期間中に失った賃料収入

九二万五一〇四円

本件建物の八室の賃料月額は合計六九万六〇〇〇円であるので、原告は九四日分の賃料収入二一四万五〇四九円から前記(1)の利息増加分一二一万九九四五円を控除した標記の損害を被った。

(3) 遅延期間中に失った賃料・敷金・礼金の利息金

四万八四九六円

遅延期間九四日間に入手が見込まれる賃料・敷金・礼金の合計額四三六万七〇四九円から前記(1)の利息増加分一二一万九九四五円を控除した金三一四万七一〇四円に対する商事法定利率年六分の割合による九四日間の利息金

(4) 空室が埋まるのが遅れたことによる賃料の逸失金

二八五万一六五九円

原告は、本件建物の竣工前の平成元年一月一一日に右建物に垂幕を掲示してテナントの募集をしたが、通常ならば募集後六か月後には全室が埋まるのに、建築工事の着工の遅れと被告らの建築反対運動により、空室の入居契約が遅れたために標記の損害を被った。

(5) 慰藉料 二〇〇万円

原告は被告らの行為により、名誉を毀損されたうえ長年に亘り築き上げた顧客、同業者、地方自治体等に対する信用を著しく失墜したので、これに対する慰藉料は二〇〇万円が相当である。

(6) 弁護士費用 九八万円

10 よって、原告は被告らに対し、連帯して各自、前項の損害金八〇二万五二〇四円及びこれに対する不法行為の後である昭和六三年一一月九日(被告石渡は同月一〇日)から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払、被告梅澤を除くその余の被告らに対し、それぞれ各自が取り付けなどしている請求の趣旨第2ないし4項記載の垂幕・立看板等の一切の掲示物の撤去、被告らに対し請求の趣旨第5項の謝罪広告の掲示を求める。

二  被告らの答弁

1 請求原因1ないし3の事実は認める。ただし、同3の高層建物の所在地はいずれも、第一住宅坂戸団地の外である。

2 同4の主張は争う。

3 同5及び6の事実は認める。

4 同7のうち、被告らが原告の本件建物の建築計画を聞知して、直ちに被告らが所属する第一住宅坂戸団地自治会として、建築反対の住民運動を起こして、同自治会長名で原告に対して、本件建物の建築計画の撤回の申入をしたこと、自治会の会員が原告と昭和六三年四月二四日、同月三〇日、八月九日、九月一五日の四回に亘って同自治会館で会合をもって交渉し、同年五月三一日同会員が原告会社に原告の質問に対する自治会長の回答書を持参したこと、自治会が同年一〇月一六日自治会組織としての反対運動を中止し、被告梅澤を含めた多くの自治会員が同年一一月一三日正式に発足した「第一住宅の環境を守る会」を結成して反対運動を継続していることは認めるが、その余の事実は否認する。なお、同会の会長は被告梅澤ではなく、高橋彬である。

5 同8のうち(1)中、昭和六三年八月五日坂戸市役所に被告梅澤と同島村建が、同月一七日被告被告梅澤、同島村美智子及び被告尾櫃が埼玉県飯能土木事務所に、同年九月一二日に被告梅澤及び同島村美智子が同土木事務所に、本件建物建築反対の陳情に行ったことは認めるが、その余の事実は否認する。同(2)中、被告梅澤を除く各被告宅に原告主張の垂幕、立看板等が取り付けられたり、立て掛けられたりしたこと、④の第四回目の垂幕、立看板等が原告主張のとおり、現に掲示されていることは認める。同(3)の事実は認める。ただし、同年一〇月一六日までの反対運動は前記自治会が、その後は同自治会の支援のもとに第一住宅の環境を守る会が主体となって展開しているものである。

6 同9の主張及び同10の請求はいずれも争う。

7 被告らが居住する第一住宅坂戸団地は、東京都中央区京橋所在の財団法人第一住宅建設協会が「坂戸町(当時)開発事業に協力し、総面積二七万五〇〇〇平方メートルに予定区画約九〇〇戸の住宅を主として建設するように計画」して、昭和四六年から同五四年にかけて、宅地造成して建物を建築し、土地付建物として分譲したもので、住宅金融公庫の融資付の住宅であり、分譲価格も比較的低廉で、住環境に配慮した理想的な住宅団地造りを目指したものであった。そして、購入者の募集案内文には「今後ご入居くださいます皆様におかれましては、住宅地として良好な環境の維持に格別のご配慮をおねがい申しあげます。」と記載されていた。現在、同団地内には約一〇〇〇戸の住宅が整然と立ち並んで、纏まりのある町並みを形成しており、二軒位の三階建(ただし、三階は屋根裏部屋)を除いて、他はすべて二階建以下の住宅である。団地内の住民は、一世帯につき一人の会員の単位で、前記自治会を結成しており、自治会は住民相互の協力により、その生活環境の維持向上及び親睦を目的として、日常活動をしている。自治会は、かって団地内のゲームセンターを撤去させたり、他の団地から流入した生活排水を差し止めたりしたが、昭和五七年三月頃千代田建設株式会社が三階建の店舗兼共同住宅を建築しようとしたときに、同会社と折衝して二階建の建物の建築に留めさせた経験がある。本件建物についても、四階建の共同住宅は町並みの美観・調和を乱すうえ、不十分な駐車スペースのために路上駐車が増え、更に本件土地は角地であるから交通事故が発生する可能性を高める危険性があり、かつ、団地内の住環境の維持に無関心な入居者が生じる蓋然性も強まると考えられるところから、自治会は当時の林会長が中心となって、本件建物の建築反対運動に取り組み、被告らもその運動に参加協力したものである。しかし、原告は自治会の反対を強硬に押し切って、当初の建築計画の内容のままでその建築を強行しようとし、昭和六三年九月三〇日に建築確認を受けて、同年一〇月八日地鎮祭を取り行ったうえ、反対運動に参加している人に対して裁判にかけると、何回も公言し恫喝するので、自治会は同月一六日開催した運営委員会で自治会として反対運動をすることは中止することを決定し、その後は自治会員の有志者で結成した第一住宅の環境を守る会が主体となって反対運動を展開しているもので、被告らはこれらの自治会及び第一住宅の環境を守る会の活動に参加協力している。そして、原告との折衝、官庁に対する陳情、垂幕・立看板の掲示などの活動は、住民運動としての手段・方法の相当性がある範囲内のもので、原告に対する人的及び物的な危害発生のおそれがある実力行使はなんら実行していないので、被告らが参加した反対運動はその目的・手段からみて正当なものであるから、被告らの行為は違法性がなく、不法行為を構成しない。

(反訴について)

三 被告らの請求原因

1  被告らが本訴において主張するとおり、被告らの行為は不法行為を構成するものではなく、原告にはなんらの権利も成立していないのに、原告が被告らに対して、共同不法行為の成立を理由として、損害賠償及び垂幕等の撤去などを求めて本訴請求にかかる訴えを提起追行しているのは、明らかに事実的・法律的な根拠を欠く、全く勝訴の見込のない不当な訴訟行為であって、違法な不法行為を構成するものである。

2  原告の訴の提起追行により、被告らはそれぞれ生活上支障を来したり、心労のために十分な睡眠も採れずに多大な精神的苦痛を被った。これに対する慰藉料は各自一〇〇万円が相当であり、その支払を求める反訴及び本訴に対する応訴のための弁護士費用は各自二〇万円が相当である。

3  よって、被告らは原告に対し、それぞれ右の合計金一二〇万円及びうち慰藉料金一〇〇万円に対する不法行為の後である平成元年三月八日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四 原告の答弁

請求原因1及び2の主張、3の請求はいずれも争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

(本訴について)

一請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。そして、〈書証番号略〉及び被告梅澤本人の供述によれば、請求原因3の忠実屋のスーパー店や七階建及び三階建の高層建物は、いずれも被告らが居住する第一住宅坂戸団地の外に所在することが認められる。そして、右各証拠、〈書証番号略〉によれば、右団地内にはほぼ南北に通じる国道四〇七号(熊谷入間)線とほぼ東西に通じる県道北坂戸名細線の交差点を中心として、その周囲に、特に主として同県道の南側に一帯として右団地が形成され、団地内はほぼ二〇〇平方メートル位の一区画の宅地に高さ二階建以下の居住用家屋が整然と立ち並んでおり、三階建の建物は三階を屋根裏部屋程度のものにした二軒位しかなく、共同住宅も昭和六三年当時、原告が所有する二棟、千代田建設株式会社が所有する一棟の外にはなく、東京都中央区京橋に本店を有する財団法人第一住宅建設協会が分譲し、又はその買受人から転売を受けた居住用家屋で低層の住宅街が形成され、右団地は第一種及び第二種の住居専用地域、住居地域で構成されているが、建物の高層化、商業地域化は全く進んでいないことが認められる。

二請求原因5及び6の事実は当事者間に争いがない。

三そこで、請求原因7の事実について検討する。

1  〈書証番号略〉、証人鈴木雄三、同山口正美、被告梅澤、同島村建、同島村美智子及び同尾櫃各本人の各供述によれば、次の事実が認められ、証人成川実の証言のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に対比して信用することができない。

(1) 昭和六三年四月六日本件土地上に、要綱に従って本件建物の建築計画の標識が設置された後間もなく、被告梅澤はその近隣居住者らから、本件建物が四階建の店舗兼共同住宅であることを聞き知って、被告らが会員となって所属する第一住宅坂戸団地自治会が主体となって、その建築について反対運動をすることを企画し、当時の自治会長であった林保次郎にこれを提案した。林及び被告梅澤は同月一〇日過ぎに原告会社の取締役で実質的な経営者である成川実に対し、本件建物の建築計画の内容等の説明を求め、その後、原告と自治会との右建築計画についての交渉が同月二四日、三〇日、同年八月九日、九月一五日に同自治会館で開催された。なお、自治会は同年八月二一日の運営委員会で右の反対運動を自治会が主体となって押し進めることを正式に決定した。

(2) 原告と自治会の前記の交渉には、林及び被告梅澤は毎回出席し、被告尾櫃は四月二四日、被告島村建は同月三〇日、八月九日、同島村美智子は九月一五日の会合に出席した。自治会側は、当初本件建物を二階建に留めることを要求したが、最後の交渉では三階建でもよいが、高さは一〇メートルを超えないことの要求まで譲歩したけれども、原告は本件建物の構造は建築基準法等の法令に違反する点はなく、近隣建物の日照・通風等にも支障を来さないことを強く主張して、当初の四階建の建築計画を変更する意思がないとの態度を強硬に貫いたので折合が付かず、両者の交渉は同年九月一五日の会合をもって決裂した。

(3) 自治会は昭和六一年三月に、自治会規則二七条に基づく専門委員会として建設協定準備委員会を設立し、同六〇年の自治会長であった山口正美が同委員会の会長に就任し、被告梅澤も委員の一人になっていたが、昭和六二年には二回位委員会が開かれただけであったけれども、昭和六三年二月には、委員会として団地内の①共同住宅の禁止(ただし、住宅・店舗又は事務所を併用する共同住宅で、一戸の占有面積が二五平方メートル以上の物は除く。)、②区画の分割は二分割までとする、③建物の高さは一〇メートルまでとするとの内容の建築協定の締結に向けて鋭意努力して行く方針を決定した。なお、自治会と原告との間の折衝では、自治会が原告に対し本件建物の建築計画の変更を求める理由の一つとして、右の内容の建築協定の早期成立の見込があることが挙げられていた。そして、原告の質問書に対して、自治会は同年五月三一日付で、昭和六四年三月末までには同協定を成立させるように努力するが、仮に成立しなかったとしても、自治会は弁済能力がないために原告からの損害賠償請求には対応できないこと、原告が自治会の要求を聞き入れた場合、団地内に高さ一〇メートル以上の他の建物ができたとしても、原告からの損害賠償請求には対応できないこと、しかし、自治会は今後も建築協定の早期成立に向けて努力するとともに、もし団地内に高さ一〇メートル以上の建物の建築が計画されたときには全力を挙げて阻止することに努める旨を記載した自治会長名義の回答書を、同六三年五月三一日に林、山口及び被告梅澤が原告の事務所に持参した。

(4) 自治会は、同年八月五日に林、被告梅澤、同島村建らが坂戸市役所に、同月一七日には林、被告梅澤、同島村美智子、同尾櫃らが埼玉県飯能土木事務所に、同年九月一二日に林、被告梅澤、同島村美智子らが同土木事務所に出向いて本件建物の建築確認をしないように陳情したが、同土木事務所の職員の指示で、前記の内容の建築協定の成立の見込があるかどうかを打診するために、自治会は会員に対して「私は四階建以上及び高さ一〇メートルを超える建物は建てません。」との趣意書の署名に賛成するか否かのアンケートを求めたところ、同年九月七日現在で、調査対象個数二五二世帯中、署名に賛成六五、反対八二、未回答九五、無効一〇との結果であったことから、同日自治会の運営委員会は右趣旨の趣意書の署名運動は実行しないことを決定した。

(5) その後、同年九月三〇日に坂戸市建築主事は本件建物の建築確認を通知し、原告は同年一〇月八日本件土地上で本件建物の地鎮祭を催し、建築工事に着工する気運が高まったことから、同月一六日運営委員会はやむなく自治会としては反対運動を中止することを決議した。しかし、同会員の有志者は、「第一住宅の環境を守る会(以下、守る会と略称する)」を結成し反対運動を継続していくことを取り決めて、同年一一月一三日被告梅澤及び高橋彬らが中心となって同会を正式に発足させて反対運動を継続し、自治会も平成元年三月一九日開催した定期総会において、本訴において訴えられている被告らを支援するとともに、守る会の活動を継続して支援して行くことを決議した。

2  なお、証人成川は、被告梅澤が昭和六三年四月六日の標識の設置前に、本件建物の建築計画を知ってその中止方を原告に対し申し入れた旨証言するが、右証言は被告梅澤本人の供述と対比して信用することができず、また、右証言によっても、自治会と原告との間の会合の席上、被告らが請求原因7において原告が主張するような言辞を発言したり、他の自治会側の者が発言するのに共謀したと認めるのに十分ではなく、更に前記認定の四回の会合の外に自治会と原告との間の非公式な会合があったとも認めるのに十分ではない。

四次に請求原因8の事実について判断する。

1  (1)の事実については、自治会の活動として、被告らが坂戸市役所及び埼玉県飯能土木事務所に出向いて、本件建物の建築反対の陳情をしたことは前項1(4)に認定のとおりである。

2  請求原因8の(2)のとおり、被告梅澤を除く各被告宅に原告主張の垂幕及び立看板等が取り付けられたり、立て掛けられたりし、④で原告が主張するとおり第四回目の垂幕及び立看板等が現に掲示されていること、(3)のビラの配付の事実も当事者間に争いがない。

3  そして、被告梅澤、同島村建、同島村美智子、同尾櫃及び同石渡敏明各本人の供述によれば、同被告らは昭和六三年一〇月一六日までは自治会の、その後は守る会の指示を受けて反対運動を実行しているもので、被告島村夫婦方、同尾櫃の父大杉隆次方及び被告石渡方に掲示されている垂幕及び立看板等も自治会又は守る会の要請に従って掲示されたものであり、特に、被告石渡は積極的な反対運動は全くしておらず、同被告方は本件建物のかなり近くに位置し、県道に面してその北側に所在し、掲示した垂幕等が人目に付きやすいので、自治会等から頼まれて場所を貸しているのにすぎないこと、同被告ら方に掲示した垂幕等は同年九月一五日の原告との会合を前にして、同月一四日頃一旦撤去されたが、原告との交渉が決裂したことから、同年一〇月一三日頃第二回目の物が掲示されたことが認められる。

4  更に、〈書証番号略〉、証人鈴木、同山口、被告梅澤本人の各供述によれば、被告らが居住する第一住宅坂戸団地は、前記の財団法人第一住宅建設協会が「坂戸町(当時)開発事業に協力し、総面積二七万五〇〇〇平方メートルに予定区画約九〇〇戸の住宅を主として建設するように計画」して、昭和四六年から同五四年にかけて、宅地造成して建物を建築し土地付建物として分譲したもので、住宅金融公庫の融資付の住宅であり、分譲価格も比較的低廉で、住環境に配慮した理想的な住宅団地造りを目指したものであったこと、購入者に対する募集案内文には「今後ご入居くださいます皆様におかれましては、住宅地として良好な環境の維持に格別のご配慮をおねがい申しあげます。」と記載されていたこと、被告らを会員とする第一住宅坂戸団地自治会は、かって団地内で営業していたゲームセンターを撤去させたり、他の団地から流入した生活排水を差し止めたりしたが、昭和五七年三月頃千代田建設株式会社が三階建の店舗兼共同住宅を建築しようとしたときに、同会社と折衝して二階建の建物の建築に留めさせた経験があること、本件建物についても、四階建の共同住宅は町並みの美観・調和を乱すうえ、不十分な駐車スペースのために路上駐車が増え、更に本件土地は角地であるから交通事故が発生する可能性を高める危険性があり、かつ、団地内の住環境の維持に無関心な入居者が生じる蓋然性も強まると考えられるところから、自治会は当時の林会長及び被告梅澤が中心となって、本件建物の建築反対運動に取り組み、その余の被告らもその趣旨に賛同して右の運動に参加協力したものであることが認められ、現在、同団地内には約一〇〇〇戸の住宅が整然と立ち並んで、纏まりのある町並みを形成しており、二軒位の三階建(ただし、三階は屋根裏部屋)を除いて、他はすべて二階建以下の住宅であること、団地内の住民は、一世帯につき一人の会員の単位で、自治会を結成しており、自治会は住民相互の協力により、その生活環境の維持向上及び親睦を目的として日常活動をしていることは前認定のとおりである。

五右認定事実に徴すると、被告梅澤が率先し、被告島村建及び同島村美智子夫婦、被告尾櫃が参加協力して、自治会を主体として、団地内の町並みの美観及び調和の保存を維持する目的で、原告に対して本件建物の建築計画を変更するように交渉した行為に不当な点があったとは認められず、かつ、その会合の席で同被告らが原告を誹謗中傷したり、脅迫したりした事実は認められないからその交渉方法にも不当な点は認められない。そして、同被告らが坂戸市役所及び飯能土木事務所に出向いて本件建物について建築確認をしないように陳情した行為も、被告らの居住する団地の町並みその他の住環境等を考慮すると、たとえ、建築協定が成立していない法律上の弱点はあるとしても、一応、納得しうる合理的な要求貫徹手段として社会的相当性があるものと認められる。更に、自治会、その後、守る会の指示に従って、被告島村夫婦方、同尾櫃の父大杉方及び被告石渡方に掲示されたり、現在掲示されている垂幕、立看板等に記載の文言も、単に自治会及び守る会の要求を表現したり、事実の経過などを記載したもので、原告を特に誹謗中傷する内容のものではない。そして、原告主張の住民に配付したビラは、守る会が作成配付したもので、「山雄建設もそうした無秩序開発を狙うものの一人だ」という記載(〈書証番号略〉)は多少表現方法が穏当でない嫌いはあるとしても、右文言は、被告らに対する本訴における原告の請求原因4の主張を反駁することを意図した守る会としての意見・立場の表現であることを斟酌すると、必ずしも不当な記載であると断定することはできない。また、団地内の大半は所謂持家の住居用家屋であることを考えると、転居の頻度が高い共同住宅居住者が自治会に協力せず、かつ、近隣居住者の生活に迷惑をかけたり、また、本件建物の一階部分は店舗として計画されており、かつ、本件土地は角地であるところから、不十分な駐車スペースのために路上駐車が増えて、交通事故が発生する可能性を高める危険性があるとの自治会の疑念も、必ずしも根拠のない杞憂であるとはいえない。そうすると、被告らの行為は違法性があるとは認められないから、原告に対する本件建物の建築妨害・名誉侵害・営業妨害等の不法行為が成立するとの原告の主張は、これを肯認することができない。したがって、その余の判断をするまでもなく、原告の被告らに対する本訴請求にかかる損害賠償請求、垂幕・立看板等の掲示物の撤去及び謝罪広告の掲示の各請求は理由がなく、かつ、垂幕・立看板等の撤去の請求は、原告の本件土地・建物の所有権ないし建物賃貸業の営業権に基づく妨害排除請求と構成しても、被告島村夫婦方、大杉隆次方及び被告尾櫃方にそれぞれ現在掲示されている垂幕及び立看板等に記載されている文言の内容、自治会の支援の元に守る会が主体となってそれを掲示している目的・動機、現在までの自治会と原告との間の交渉経過などの諸般の事情に徴すると、右の垂幕及び立看板等の掲示は、違法性がある原告に対する権利ないし利益侵害行為とは認められないから、右の妨害排除請求も理由がない。

(反訴について)

六前記の説示のとおり、原告の本訴請求は理由がないけれども、証人成川実の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告が建築した本件建物は、建築基準法その他の建築関係法令には適合しており、近隣の建物に対する日照・通風に関する障害もないために、原告が被告島村夫婦方、大杉隆次方及び被告尾櫃方の垂幕及び立看板等の掲示、被告らの坂戸市役所及び飯能土木事務所に対する陳情その他の建築反対行為を共同不法行為と考えて本訴を提起追行し、かつ、被告梅澤は右反対運動を終始中心となって推進し、被告島村夫婦及び被告石渡方には垂幕や立看板等が、本訴における請求原因8のとおり掲示されて来ており、被告尾櫃については、昭和六三年一〇月一四日原告会社の従業員芳賀文彦が、同被告の父大杉方付近を撮影した写真であることは争いがない〈書証番号略〉により、同被告が同日立看板を取り付けようとしているのを原告が現認したことから、原告が被告らを訴訟の相手方として本訴を提起したことが認められる。そうすると、原告の本訴の提起追行には、それなりの合理的な根拠があり、かつ、相手方の選択についても必ずしも恣意的なものであると決め付ける訳にもいかない。したがって、原告が本訴において主張している権利が、事実的、法律的な根拠を欠き、原告がそのことを知りながら、又は通常人ならばそのことを容易に知り得たのにもかかわらず、あえて本訴を提起追行し、右の訴訟の提起追行が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠いているとまでは認めることができないので、原告の本訴の提起追行が被告らに対する違法性がある不法行為になるとの被告らの主張は、これを肯認することができないから、その余の判断をするまでもなく被告らの反訴請求は理由がない。

(結論)

七以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求及び被告らの原告に対する反訴請求は理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官片岡安夫)

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